「アイドルだと認識されて苦しかった」大塚愛(39)が明かす“デビュー直後の戸惑い”《『さくらんぼ』から19年》


大塚 (おおつか あい、1982年(昭和57年)9月9日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。Rabbitのボーカル。作詞・作曲は2010年までは「」名義、2012年以降は「AIO」「aio」名義で行う。 大阪府大阪市出身。趣味はカメラ。特技はピアノ、水泳、似顔絵。特に絵を描くことは子供
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 大ヒット曲『さくらんぼ』をはじめ、『SMILY』、『プラネタリウム』など、これまで数々の楽曲を世に生み出してきたシンガーソングライターの大塚 愛さん(39)。デビューから19年、常に第一線で活躍しつづけてきた大塚さんですが、当初は“素の自分”と“世間のイメージ”とのギャップに悩んだ時期もあったと言います。「笑顔咲ク 君とつながってたい」と明るく元気に歌っていた大塚さんが、その裏で感じていた“苦しさ”とは――。お話を聞きました。――大塚さんは2003年、21歳のときにデビューされました。改めてそのきっかけについて教えて下さい。大塚 きっかけはデモテープです。短大生の頃にエイベックスに送ったものが、関係者の方の目に留まって。――デビュー前から既に何十曲も楽曲を作られていたそうですが、小さいときから音楽は身近な存在だったんでしょうか。大塚 ピアノを4歳からやっていて、音楽はそこからですね。歌の方も、中1ぐらいからボイトレをやってました。――そこから2003年、まずは『桃ノ花ビラ』でデビューされて、3ヶ月後には『さくらんぼ』をリリースされています。デビュー直後、早い段階でヒット曲に恵まれたことで、テレビへの露出なども一気に増えていったかと思いますが、当時はどんな心境でしたか?『さくらんぼ』リリース時の大塚さん大塚 ホッとしたと同時に、自分の実力不足と向き合うことにもなりました。喜びと苦しみと、ごちゃまぜな感じでしたね。「やっぱりレベル違ったな」って――実力不足というのは?大塚 デビュー前は、ただ「曲を作りたい!」「楽しい!」という気持ちだけでやっていたんです。でも、結果が見えてくるようになると、そこからどうしても逃げられない部分があって。やっぱりライブだったりテレビだったり、デビューしてからは自分を客観的に見る場面が多くなったので、一気に自分自身と向き合う時間が増えたというか……。 後から映像をチェックするたびに、ああ、全然ダメだったなって落ち込むことも多かったですね。他のアーティストの方と番組でご一緒させていただいても、「やっぱりレベル違ったな」って。それは最初からずっと感じています。――そういうときに、例えば「あの人には負けたくない!」と思ったりは?大塚 その方がたぶん、この世界では生きていけますよね。でも私は「もうこれはかなわないな」としか思わないんです。今まで19年間やってこられたのも、たまたま運が良かったからで……。基本的に、人に見られるのがあまり好きじゃないというか、得意じゃないんです。普段の大塚さんはどんな人?――『さくらんぼ』をはじめ、楽曲の印象から、大塚さんに対して元気で明るく、どこか女性らしい、またはかわいらしいといったイメージを持っている方も多いと思います。そうしたイメージと比べて、普段の大塚さんはどんな方ですか?大塚 そうですね……。どちらかというと、普段はそんなにブリブリしてないですね。人と会うと「曲のイメージと違った」って言われることも多いです。むしろ曲の中に私はいないんじゃないかっていうくらい(笑)。――それは、具体的にはどう違ったと言われるんでしょうか?大塚 たぶん女性らしさがないのかな。あえてそうやって振る舞うモードにしようと思わない限り、自分の中に女性らしさとか、かわいい感じってあんまりないですね。そもそも、女性らしさが何なのかちょっとよくわかってないんですけど(笑)。 ――ご自身でも、曲の雰囲気と普段の自分にはギャップがあると感じますか?大塚 きっと他のアーティストの方って、自分の内面や想いだったり、自分のシーンを曲に投影される方がほとんどだと思うんです。でも私の場合は、自分を出すというのではなくて、一つのフィクションとして、作品として世に出しているので、それが自分とイコールというのはまずないですね。自分で自分に楽曲提供してるみたいな感じなので。 ファンの方たちは、そこは最初からわかってくれていると思います。ただ、一歩踏み込んで、いろんな楽曲を聞いて、トークしてるところも見ていただいて、それで初めて「ああ、こういう人なんだ」ってわかってもらえるものだと思うので、テレビでちょっと見たことあるなくらいの人にとっては、今も『さくらんぼ』のイメージなのかなと。やっぱりヒット曲は強いですよね。尖ったことをやってたはずなのに……――大塚さんと言えば、かわいいイメージのPVも印象的ですが。大塚 曲がかわいいものであれば、ビジュアルもそうしないと釣り合わないので、そこに転んでいるという感じです。ただ、そうしたイメージについては、自分でもうまくプロモーションできてなかったんだなという反省もあります。やっぱりデビューしてしばらくはアイドルだと認識されてしまった、というのが大きいんだろうなと。――そうした反応は予想外だったんでしょうか?大塚 何をもってアイドルとカテゴリーされるのかはわからないんですけど、自分の中ではもうちょっと、どっちかと言うと尖ったことをやってたはずなのに、それが「かわいい」に認定されてしまった誤差と言いますか……。毒とか、駄菓子の体に悪い感じを表現しているというスタンスだったので、まさか「かわいい」って言われるとは思ってもみなかったですね。大人の関係を歌った“刺激的な曲”も……――ただ、これまでの活動の中では、必ずしもかわいい曲ばかりを発表されているわけではないですよね。例えば『黒毛和牛上塩タン焼680円』は……。大塚 あ、出た!(笑)――こちらは男女の大人の関係を歌った、かなり刺激強めな曲だと思うのですが、どういった心境で作られたんでしょうか?大塚 これは、大阪に毎週のように家族で行っていた焼肉屋さんがあって。そこのタンが美味しいという話です。以上です(笑)。『黒毛和牛上塩タン焼680円』リリース時の大塚さん――(笑)。『黒毛』のカップリングには、『つくね70円』という、さらに刺激的な曲もありましたが……。大塚 ひどいですよね、ギャップがね(笑)。意味としては、『黒毛』はベッドに寝かせられた女性の気持ちを書いた曲なんですけど、そのつながりで『つくね』は男性の……これ、どこまで言ったらいいんだろう(笑)。とにかく、『黒毛』は女性、『つくね』は男性っていう感じです!「あぁ、すごいぶりっ子だな」――ありがとうございます(笑)。少し話を戻しますと、デビューしてからアイドルのように認識されてしまったのは予想外だったと。ではもともとは、どういったアーティストを目指されていたんでしょうか?大塚 自分的には、音楽を通して女性の方と共に生きていきたいんです。女の汚いところとかめんどくさいこと、醜いことも全て、女だからこそ分かったり、共感できたりするものがある中で、一緒に歩んでいける感じを楽曲に落とし込みたいというか……。  女性がちょっとでも癒されたり、勇気づけられたり、楽しくなったり。そういうことを狙ってやっていたのに、なぜか一時期男性に受けて、女性からは「マジぶりっ子だな、あいつ」みたいになってしまったのは、悲しかったですね。――女性に寄り添うつもりが、違う形で捉えられてしまった。大塚 とはいえ自分でも、たとえば誌面で客観的に自分の姿をチェックしたときに、「あぁ、すごいぶりっ子だな」って思うことがあるんです(笑)。映像を見ても、なんかちょっとした仕草がフニャンってなってたり、まぁ、それはそう思われるよなって。そこは、自分でもちょっと意識して動かないといけないなと反省しました。――そうしたことは芸能界に入る前、学生時代などにもありましたか?大塚 学生の頃は……でも、やっぱり誤解されることは多かったですね。自分では普通にしているつもりでも、同性からは仕草がぶりっ子と思われたり、男の子と話をするだけでも反感を買ってしまったり。――そういったイメージとのギャップで、辛さを感じることはありますか?大塚 デビュー当時は苦しかったです。でも、マネージャーから「それは年齢のせいだよ」ってなだめられまして。「いずれ年を重ねたら、誰もそんな風に言わないからさ」って。なので、今となっては、もしかわいいっていうカテゴリーに入ってるんだとしたら、そのトップを目指したいな、と思えるくらいになっています。新アルバムは“開き直りの1枚”――12月に発売された新アルバムにも、そうした心境の変化は反映されていますか?大塚 今回は、すごく開き直ったアルバムだと思います。――それは、どういう意味で?大塚 初期からずっとイメージとのギャップで苦しんで、一番悩んだのが3枚目のアルバムくらいのときなんです。そこからちょっとずつ回復してきて、5枚目までいったんですけど、そこでやっぱり疲れてしまったので、1回出産でドロンして。そこからまたイメージ変えていこうと思って6、7、8と頑張ってきたんですが、「やっぱり変わんないな」って(笑)。それで開き直ったのが今回のアルバムという感じです。2021年に行われたライブ「LOVE IS BORN ~18th Anniversary 2021~」――開き直りの1枚ということですね。ちなみに、大塚さんが「こんな人になりたいな」と思う、目標にされている方っていらっしゃるんでしょうか。大塚 永作博美さんですね。――永作さん。どういったところに憧れていますか?大塚 見た目もかわいくて、ちょっと悪魔っぽさもあって、エロチックで。だけど、内面から出る潔さ、かっこよさもありますよね。――お話を伺っていると、大塚さんにもそうした一面があるように思います。大塚 私もそこに向かって走ってるつもりなので(笑)。そう思っていただけたら嬉しいです! 大ヒット曲『さくらんぼ』をはじめ、『SMILY』、『プラネタリウム』など、これまで数々の楽曲を世に生み出してきたシンガーソングライターの大塚 愛さん(39)。 デビューから19年、常に第一線で活躍しつづけてきた大塚さんですが、「今もまだ目標は達成できてない」と言います。さらには、「基本、仕事は楽しくない」と語る意外な真意とは――。お話を聞きました。――前編では、自分では尖ったことをやっていたつもりなのに、デビュー直後はそれが「かわいい」と捉えられてしまったことに違和感を覚えていたと伺いました。では、今の大塚さんはどのカテゴリーにいると感じていますか?大塚 何なんでしょう。よく分かんない人じゃないですかね(笑)。――(笑)。デビューしてからは、ご自身の実力不足を感じる機会も多かったとのことですが、この19年間の活動を振り返ってみて、なかでも大変だったこと、失敗したなと思うことはありますか?大塚 もう毎回と言ってもいいぐらいですね。ライブもテレビも、うまくいったなと思えるのはほんと5本の指に入るぐらいしかないから、ほぼ失敗みたいな。その中でもこれ、というのをあげるのは難しいんですけど……一番つらかったのは、『ポケット』というシングルを出したときに、テレビに出たんですよ。でも、本番になったらイヤモニの電池が切れていて、音が出なかったんです。『さくらんぼ』リリース時の大塚さん それでも、外で鳴ってる音を拾ってなんとか歌ったんですけど、自分の中でその楽曲への思い入れとか、一生懸命大事にしたいという気持ちが強すぎちゃって、そうしたトラブルがバッて起きたときに、どうしようってなってしまって。生放送だったし、もう怖くて、声も震えちゃって全然歌えなかったんですよね。それが本当にショックで、終わった後、楽屋ですごく号泣したのは覚えています。「頑張って友達を作らなきゃ」とは思わない――そんなことが……。そうした大変な経験をしたときに、例えば友達に愚痴をこぼしたり、弱音を吐いたりすることもあるんでしょうか?大塚 もともと、自分から表に出て誰かに声を掛けるようなタイプじゃないんです。誘われたらいく、という感じで。――ご家族に相談されることもあまりなかったですか?大塚 親にも自分のことはほとんど喋らないので、私がこういうことで悩んでいた、みたいなことは知らないと思います。あんまり「お母さん!」ってタイプじゃないので(笑)。――子供の頃から、人とのコミュニケーションは受け身な方だったんですか?大塚 小学校の低学年くらいまでは、すごい強気な人だったんです。何でも一番がいいし、女の子のグループを引っ張ってるような、そんなタイプでした。でも、それが巡り巡って、1回いじめられたことがあって。それからは、グループで動くことに一切興味が無くなりました。色々な人と仲良くなるよりは、信頼できる1人か2人と一緒にいればいいんだと思って。――そう思われたのが小学生の頃?大塚 小学校の高学年くらいですね。なので、頑張って友達を作らなきゃと思ったことは、それからは全くないですね。さすがに子どもを産んでからは、いろんな人としゃべっていかなきゃいけないというのもあって、ちょっとずつ社交的になって、ここ数年でようやく自分から誘えるようになったぐらいです。でも基本的には、やっぱり少人数でいいかなと。「基本、仕事は楽しくないです(笑)」――まずは大変だったこと、つらかったことについて伺いましたが、反対にこの19年間で楽しかったことを挙げるとすると、何になりますか?大塚 んー、もちろん楽しいこともたくさんあったと思うんですけど……、でも、仕事では基本、楽しいことはないかもしれないですね。打ち上げとか、そういう仕事とは関係ないところは楽しいんですけど、テレビとかライブに出ても、表から見えている絵が今どうなってるかを常に考えて、自分の中で審査しながら歌っているので、楽しいなんて感覚でやったことがなくて。 ――曲を作っているときはどうですか?大塚 最終的にミックスをやって、ああ、よくできたな、というときだけが唯一喜びを感じられる瞬間ですね。だから基本、仕事は楽しくないです(笑)。――なるほど(笑)。でも、仕事が楽しくないとしたら、それでもデビューから19年間、ここまで活動を続けることができたのはなぜなんでしょうか?大塚 目標が達成できてないから、ということだと思います。自信を持って「好き」と言ってもらいたい――目標とは?大塚 やっぱり自分自身が満足できるレベルになることと、それが世間のイメージともイコールになることですね。自分でも自分のことをすごく好きだって言いきれて、ほかの人たちにも自信を持って、「大塚愛好きなんだよね」って言ってもらえるようなアーティストになりたい。だから、それは今も達成できてないんです。――しかし、大塚さんのファンもかなり多いと思うのですが。大塚 誰かから「どのアーティストが好き?」って聞かれた時に、本当は好きでいてくれていても、やっぱり「大塚愛!」とは言いにくいところがあるのは、自分の中でもわかっているんです。そこで私の名前を出したら、「へぇー……」ってなっちゃう雰囲気というか。最近は時代も変わって、今の若い人たちはそういうのを気にせずに言えるようになってるというのも、何となく認識はしてるんですけど。――そういう空気があるとすれば、それはなぜだと思われますか?大塚 何なんでしょうね。でもやっぱり、歌唱力がすごいとか、サウンドがもうめちゃくちゃかっこいいとか、そういうアーティストのことを好きって言うと、ああ、そうだよねって共感を得られると思うんです。だから、かっこいいの定義もよくわからないんですけど、みんなが「すごくいい曲だよね」というものを出したときに、初めて「大塚愛とは恥ずかしくて言えない」みたいなものが取っ払われるのかなという気がします。「楽曲提供の人」になろうと思っていた――「かっこいい」というイメージが自分にはまだ足りない、ということでしょうか?大塚 やっぱり声の印象が強いのかな、とは感じていまして。音楽を聞いて、それがかっこいいのか、かわいいのか、何なのかとカテゴライズするときに、まず判断材料になるのは歌声だと思うんです。でも、私の声を聞いてかっこいいって言う人は、たぶんいないんですよね。――自分の声は好きですか? 大塚 もともと、声の魅力は皆無だなって思ってます。ボイトレもやってみたものの、凄い歌唱力が必要な歌を歌えるかっていうとそうでもなくて。そもそも、私が普通に歌うときの声って、リリースしている声とは全然違うんですよ。そういう普通の歌声が全然魅力的じゃないというところから始まって、これじゃあダメだな、歌手はちょっとないなと。まぁいいか、それなら楽曲提供の人になろうと思ったんです。 じゃあ売れそうな曲を作ろうってなったときに、でも楽曲提供するにしても仮歌が必要だと。ただ、アッパーな曲を書いても、自分の普段の歌声では合わなすぎるから、曲に合わせて声の出し方を変えてみたんです。そうしたら今みたいな歌声になったという。――思わぬところから、今の歌声に繋がったんですね。大塚 本来はパワフル系が好きなんですけどね。ちょっとしゃがれてるとか、ハスキーなもの、ファンキーな曲が好きなんです。でも、自分の声ではどうしてもそこに辿り着けない。私は正直好きじゃないんですけど、でも好きじゃないとか言ってられないというか、自分の持ったものをいかに生かせられるか、この声をどう良くしていけるかというところに、デビュー前から振り切った感じです。新しい世代にも曲は広まっていく――そうして生まれた大塚さんの楽曲は、今も様々な世代の人に広まり続けています。新しい曲はもちろん、過去の曲に再びスポットライトが当たることも多いですよね。例えば『さくらんぼ』は、芸人さんのコントやバラエティ番組で使われている場面もよく見ます。大塚 そうですね。もう19年も前の曲なんですけど、時間が経っても、誰かがそうやって使ってくれることでまた広まって、当時を知らなかった子どもたちとか、私を知らない世代の子たちが知ってくれる機会にもなるので、それはすごくラッキーでありがたいことだなって思ってます。 ――確かに、そうしたとき番組で初めて『さくらんぼ』を聞く、という世代もいるかもしれないですね。大塚 どの曲にもやっぱり思い入れがあるので、これからも色んな機会を通じて、皆さんに私の曲を聞いていただくことができたら、それはすごく嬉しいです。