なぜ井上尚弥は大舞台に強いのか…空き巣被害にショックと怒りも「ピークじゃない。まだまだ強くなる!」


プロボクシングの世界バンタム級のWBAスーパー、IBF、WBCの3団体統一に成功した井上尚弥(29、大橋)が8日、横浜市内の大橋ジムで一夜明け会見を開いた。試合で誰もいなくなるタイミングを狙い神奈川県内の自宅が空き巣被害に合い、家族で予定していた祝勝会が中止となるなどの予期せぬトラブルに巻き込まれたが、日本人初の3団体王者は「今がピークではない。まだまだ強くなる」と断言した。なぜ井上は大舞台に強いのか。次戦の狙いは年末国内での4団体統一戦に絞られた。「100点をつけられる内容。今回の試合はベストバウトと言える」 ジム内はお祝いの胡蝶蘭であふれ、会見のテーブルには10本のマイクが並んだ。「報道陣、多いっすね」 ジム内は、新型コロナ対策でしっかりと換気されていたが、ほぼ満員。井上がドネアに2回TKOで勝利した3団体統一戦の衝撃と反響の大きさを物語っていた。 生配信したAmazonプライムビデオの発表によると、日本での配信サービスを開始した 2015 年 9 月以降、日本において配信された作品の中での配信初日として史上 1 位の視聴数を記録したという。視聴者数の最高記録を更新したばかりの村田諒太対ゲンナジ―・ゴロフキン戦をも上回った。 目の前には3つのベルトが並んだ。通常、獲得したばかりのベルトは元の王者に返還するために、一夜明け会見では、まだ間に合わないものだが、手回しよく、井上の顔写真が入ってWBCのニューベルトも最初から用意されていた。「こうして3本のベルトをながめながら、よくやったなと自分自身思う。100点をつけられる内容。今回の試合はベストバウトと言える。それだけ調整も動きもよかった」 勝負を決めたのは、井上が1ラウンド残り10秒でドネアのテンプルを打ち抜きダウンさせた衝撃の右クロスである。1ラウンド開始のゴング直後に、ドネアが練りに練ってきた左フックを浴びたが、ドネアが「記憶が飛び真っ白になった」と回想した一撃で形勢は逆転した。井上は、その右クロスの誕生裏話を明かした。 実は、2年7か月前のドネアとの第1戦で井上の左ジャブが「鮮明に覚えているくらい」の強烈なカウンターとなってクリーンヒットするシーンがあったという。今回は、ドネアがどの左ジャブにカウンターを合わせてくる作戦を練ってくると予測して、その左ジャブをエサを蒔くフェイントに使い、そこに右のクロスカウンターを当てる戦略を用意してスパーリングでその練習を重ねていたという。「あのとき(打とうとした)左ジャブを引っ込めて右ストレートを打った。それを意識して練習してきた。考えず出たパンチ」 まんまとフェイントにかかったドネアがアクションを起こした、そのテンプルを井上の右クロスが撃ち抜いたのである。 100点の自己採点をつけた試合は、過去にもある。「けっこうありますよ。パヤノ戦もそう。ナルバエス戦もそうです。タイトルを取る試合はいい試合ができている」 2014年12月にWBO世界スーパーフライ級王者、オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦して戦慄のボディショットで2回に沈めた試合と、2018年のWBSS1回戦で、WBA世界バンタム級スーパー王者だったファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)をわずか70秒でワンパンチで倒した2試合を上げた、だが、バンタム級に初挑戦した試合でWBA世界同級王者のジェイミー・マクドネル(英国)を1回で倒した試合や、英グラスゴーに乗り込んでWBSS準決勝で2団体統一戦でもあったIBF世界バンタム級王者、エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を2回で倒した試合など、相手ボクサーが強豪で、その舞台が大きくなればなるほど、インパクトのある試合をしてきた。 なぜ井上は大舞台に強いのか。「それだけ楽しんでいる証拠なのかな。これを言うと相手に失礼になるが、ランカーとの試合とタイトルを取る試合とを比べると、事前練習からの気迫、(試合への)向かっていき方が違う。当然、同じように練習をするが、心のどこかで差が出る」  今回のドネア戦の前日計量の直前に大橋会長に「寂しいなあ。この喉の乾いているこの瞬間がこれで終わっちゃうかな」と漏らした。 ボクサーは1日でも早く減量から解放されたいもので、まして井上の減量は楽ではない。あまりに意外な言葉だったが、「ここまで来るために落としてきたものが、一瞬でいらなくなってしまう。だから寂しいなって。でもそれは計量30分前のこと。1、2日前は早く終われと思っていた」という。 ドネアとの再戦を前に積み上げた“気迫の努力“のプロセスに満足していたからこそ漏れた言葉だったのだ。 だが、逆に大舞台のプレッシャーが硬さに変わりリングで力を発揮できないボクサーも少なくない。その理由は「なぜか、わからない」と言うが、真吾トレーナーがこう解説した。「1ラウンドはやはり(動きは)固いんです。でも、そこからスイッチが入ったときに自分のペースにひきずり込める。徐々に自分のボクシングがやりやすい流れを作っていく」 まさにドネア戦の残り10秒からのスイッチオンがそうだった。 現在3位のパウンド・フォー・パウンドで、1位のヘビー級の3団体統一王者で、クルーザー級で4団体を統一したことがあるオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)、2位のWBO世界ウェルター級スーパー王者、テレンス・クロフォード(米国)を抜きトップに踊り出る可能性が出てきた井上は、今が全盛期なのか。 本人の答はノーだ。「まだ強くなります。今がピークじゃない」 そして、その根拠をこう続けた。「あてはめ方で成長するんです。昨日はドネアに対するボクシング。バトラーとやれば、また違う、バトラーを倒すボクシングやる。ひとつじゃなく相手に適応するところがノビシロ」 強い相手への研究、対応で、未知の引き出しが増えて自らが強くなっていく。 ドネアは39歳。海外メディアは「井上尚弥が引退への引導を渡した」との見方をしているが、本人は、試合後のツイッターライブで現役続行を示唆した。 「あれくらいまでできますか?」という質問が飛んだが、「そんなことないでしょう」と否定して、隣に座る真吾トレーナーに「早く辞めて欲しいでしょう」とふり、父は「39歳まで伸びたら困っちゃうじゃん」と笑って返した。 井上家では「35歳引退」のレールが決められている。「35歳ですかね。自分で決めるんじゃなく、会長だったり、父だったり、自分では衰えはわかりつらい。スピード、反射(の衰え)は自分でわからない」と改めて、35歳引退説を強調すると、真吾トレーナーが「そこに気づくのが自分。反応の鈍さが目に見えるようになれば話していく。そこが心配になるから」とフォローした。 先の展望も定まった。WBO世界同級王者、ポール・バトラー(33、英国)との4団体統一戦。改めて大橋会長が「年内にできたら実現させたい。第一目標は4団体統一」と明かした。バトラーの印象を聞かれた井上は「ちゃんと(映像を)見たことがない」とコメントを控えたが「もういいかな、はやくスーパーバンタム級にあげてくれという人もいるが、4つベルトとって、自分価値を上げて、スーパーバンタム級にあげたい、バトラーであろうが、誰であろうと、価値を高めたい、ひとつの区切りとして」と4団体統一への思いを力説した。4団体統一王者は、過去に7人(統一王者に勝って達成したボクサーは除外)。バンタム級で果たした王者はいない。指名試合や海外では契約局との関係などもあって難しく、ヘビー級のマイク・タイソンや、6階級制覇王者のマニー・パッキャオ、50戦無敗のフロイド・メイウェザージュニアでさえ実現できなかった。 年末日本開催が有力。今回、最高視聴者数を記録したAmazonプライムビデオに加えてNTTドコモも、その試合の配信に興味を示しており、水面下で激しいモンスターの争奪戦がスタート。興行規模は今回のドネア戦をまた超えるものとなりそうだ。 今何を一番したいか? そう質問された井上は「練習がしたい」と即答した。「試合の疲労もない。イメージも高い。4団体統一に向けてのモチベ―ションも高い。その感覚のまま練習にはいりたい。今日からでも練習が再開できる体の状態にある」 最後に。 3団体統一を成し遂げた感動の試合の裏側で、とんでもないトラブルに巻き込まれていた。自宅が空き巣被害にあっていたのだ。誰もいなくなる試合の日の夕刻を狙われての犯行。契約している警備会社にアラーム通報がいき、たまたま近くを巡回していた警備員が数分でかけつけたため、犯人は持ち出そうとしていた金庫を運ぶのを途中でやめて逃走。それでも海外ブランドのバッグや家族にとって愛着のある貴金属類など目につくものをごっそり持っていかれた。 警備会社は、家族と警察に連絡をいれ、警察も現場にかけつけた。家族に被害がなかったことが、不幸中の幸いだったが、試合が終わった直後の控え室で、空き巣被害を知らされた井上は、現場検証に立ち会わねばならなくなり、家族で予定していた祝勝会は中止となり、公式会見を終えると、すぐさま埼玉から神奈川の自宅へと戻った。 3団体統一の余韻に浸れないあわただしい一夜を過ごすことになった。目撃された犯人は、2人組で、扉をこじ開け、防犯カメラの向きを変えているなどセミプロの可能性が高いという。 プロ野球選手やサッカー選手など、試合や遠征で自宅不在が確定しているアスリートの自宅が狙われる被害は国内外を問わずに過去にもあったが、悪質極まりない犯行。近くに住む弟の拓真宅や、真吾トレーナーが暮らす実家などの被害はなかった。 一夜明け会見後に、報道が出ると、井上は、「ニュース見たけどさ。めでたい日に胸糞悪い話しだよね。みんなも気をつけて!!」とツイートした。 今後は試合時にはガードマンを配備するなどの対策を練るという。